芸人の極北

破壊王」のニックネームで親しまれたプロレスラーの橋本真也さんが、11日午前、脳幹出血のため、横浜市内の病院で亡くなりました。40歳でした。自宅で倒れ、救急搬送されたのですが、既に心肺停止状態だったそうです。

エンターテイメントを生業とする者を芸人と呼ぶのならば、プロレスラーはもっともわかりやすく芸人である職業です。

橋本真也(はしもと しんや、本名同じ)1965年7月3日生まれ。岐阜県土岐市出身。身長183cm/体重118kg。全盛期は135キロ。84年4月に新日本プロレスへ入門。同年9月1日の後藤達俊戦でデビュー。88年4月、同期の蝶野正洋武藤敬司とともに闘魂三銃士を結成。大人気を博しました。

しかしその後、武藤が次々とひとりで様々なキャラやファイトスタイルを演じ分ける「ピン芸人」になっていき、蝶野がプロレスの垣根を越えた様々なジャンルの人々を巻き込んでのブームを作り続ける「ユニットリーダー」になっていったのに対し、橋本はただひたすら力対力のプロレス、飾り物を排除した、純粋な「実力派」になっていきました。それは、時代の最先端の流行を作り続ける武藤や蝶野に比べて、なんとも地味に写りました。橋本は生涯一度もヒール(悪役レスラー)にはなりませんでした。子供たちがあこがれる、強い正義のヒーローであり続けました。

しかし、その路線を続けてきた結果、武藤や蝶野では絶対になしえないであろう、究極の一戦を実現します。橋本の死によって、様々なところで「橋本の最高の一戦はどれか?」ということがファンたちの間で語られていると思います。その中にはあまり出てこないかもしれませんが、この一戦がエンターテイメントとしての最高のプロレスだと思います。


それは、2003年5月5日(月)川崎球場で行われたWEWというインディーズ団体の興行「理不尽ロード・ファイナル」のメイン・エベント「橋本真也金村キンタロー」の一戦です。


この試合の半年ほど前から橋本は「理不尽大王」と呼ばれる冬木弘道から対戦要求を受けていました。冬木はメジャー団体で正義のヒーローを続けている橋本に対し、エンターテイメントプロレスを標榜する小さなインディーズ団体のプロレスラーです。冬木の十八番は「理不尽大王」の異名の通り、誰も思いつくことすらできない理不尽な要求をしてくることでした。記者会見で真面目な顔で対戦相手に対し「おれは絶対に負けない。だから、もしおれが負けたら、お前らは丸坊主になれ」と要求し、実際に何人もを丸坊主にしてきた、「言葉遊びプロレスラー」です。橋本とは当然接点の生まれようがありませんでした。ところが、その「理不尽」ゆえに、冬木は橋本に対戦を迫りました。

この時既に、冬木の体は末期がんに蝕まれていました。冬木は自らの最後の理不尽として、橋本との対戦を要求しました。度重なる要求によって折れた橋本は、03年3月11日(火)プロレスのコスチュームではなくスーツ姿でWEW後楽園ホール大会に登場しました。冬木との対戦を了承するためにです。「冬木さん、やりましょう」橋本は叫びました。その言葉と同時に場内には冬木のテーマソングが流れ、愛弟子の金村キンタローに片腕を支えられた冬木が登場しました。この時冬木は、直腸がんから肝臓への転移に加え、腸閉塞を再発していました。入院先の病院から、1日だけ外出許可をとってここにやってきました。しゃべっているだけなのに青白い顔は脂汗でいっぱいでした。橋本と冬木はがっちり握手を交わし、5月5日の川崎球場での対戦を約束しました。

しかし、それはかないませんでした。3月19日、冬木はがん性腹膜炎のため横浜市内の病院で亡くなりました。42歳でした。


この冬木の死により、5月5日の川崎球場での試合は、橋本真也 対 冬木の愛弟子である金村キンタローによっておこなわれました。試合形式は冬木が望んでいた「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」でおこなわれました。橋本が普段戦いなれているロープで囲まれたリングではなく、ばら線に囲まれた、そのばら戦に触れると爆発が起こるというリングです。


ここで橋本は、芸人として究極のパフォーマンスを観せます。冬木の遺骨を抱えてリングサイドで観戦していた冬木夫人に「奥さん、ちょっとそれを貸してもらえますか?」と言って冬木の遺骨を受け取ると、それを胸に抱えたまま自ら有刺鉄線に走っていって、遺骨を抱えたまま大爆発を受けたのです。
これは様々な仕掛けでファンを楽しませてきた武藤や蝶野には絶対できない、やったとしても説得力のない、橋本にしかできない最高の芸です。

理不尽ロード・ファイナル 2003年5月5日(月)川崎球場
第10試合 ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ
時間無制限1本勝負
× 金村キンタロー橋本真也
8分41秒
垂直落下式DDT
→片エビ固め

今は一プロレスファンとして、安らかにお眠りになられることを、心よりお祈りしています。