おやすみなさい企業戦士ちゃん

今日、終電に乗って帰宅途中、不思議な体験をしました。
電車の座席はおなじみの横長の7人がけのシートで、そこにぼくと、ドレッドヘアでヘッドフォンから肌寒いのにもかかわらずレゲエのリズムをもらしまくる兄ちゃんがぼくの右に座っていて、その横にぼく、そしてぼくの左に、見た目からしてたぶんぼくと同じ20代後半のスーツにネクタイの企業戦士が座っていました。レゲエとお笑い芸人とサラリーマン。着ている服はバラバラだけど、たぶん全員同じ20代後半でした。
レゲエはただひたすらヘッドフォンで音楽を聞いているだけでした。ところが、企業戦士は残業が多いうえに酒を飲んでいるようで、もう、どうにもならないくらい眠くて仕方ない感じなんです。そして、とある駅で少し、停車する時に揺れが大きくて、目を覚ましたんです。ぼくは、ほっとしました。だって肩にもたれかかられても嫌でしょう?女性ならともかく。ところが目を覚ました企業戦士は突如スーツのジャケットを脱ぎ、襟のあたりを両手で持って、バサッっとふり、くるっとジャケットをたたむと、予想だにしない行動に出ました。

なんと、ジャケットを抱えたまま、ぼくの太ももを枕にして眠り出したのです。膝枕です。これは完全に、臨界点を超えた行為ではありませんか?右を振り向くと、何もないようにレゲエが流れる夜景をうつろな瞳で眺めながら、その先のジャマイカを夢見ています。ぼくの太ももの上にはサラリーマンが頭をのせて、それはそれは気持ちよさそうに寝息をたてています。7人がけシートにはぼくとレゲエと企業戦士しかいません。対面のシートに座っている人はみんな眠っています。立っている人もいません。

ぼくには選択肢がひとつしかないんです。これは強制なんです。ぼくは、ひざの上で安らかな寝息をたてる企業戦士の髪を撫でました。キューティクルが逆立っていないで、すごく滑らかな髪でした。その途端、企業戦士は「ミキ…」とのたまったのです。

刹那、ぼくは悪魔に魅入られていたことに気付きました。ばかじゃねえのか!おれはミキじゃねえよ!飛鳥どれみだよ!「あの、次は福生ですよ!!」と言いました。すると、企業戦士はひとこと「四ツ谷は?」とおっしゃりました。

四ツ谷!?あんまりにも意表をつくボケにツッコミの言葉がなかなか思いうかばなかったのですが、「ソフィアの大学は青梅線にはありませんよ」と言っておきました。すると企業戦士は、今、四ツ谷なんか遠くの向こうに過ぎ去り、今、青梅線の駅に降りようとしているぼくに、何を血迷ったか「ごめんなさい、四ツ谷で起こしてください…」と言ったのです。マテ!!!あなたを四ツ谷で起こすには、明日になってから、始発電車が走り始めて、それに乗せて四ツ谷まで連れて行き、「四ツ谷ですよ!!」と起こさなければならないのですよ。

あなた、面白いよ。ビデオカメラ持ってたら追いたいよ。この物語を、編集して、音楽も入れたら。すごいものになるよ、絶対。

でも、面倒くさいから「四ツ谷は過ぎましたよ」と言って、とっとと降りました。男の髪なんか撫でるんじゃなかった。