女王蜂

ブックオフってあるじゃないですか?大型の古本屋さんです。地方によってはブックオフっていう名前の店はないかもしれないのですが、最近増えてきたでっかい古本屋さんです。ぼくはこのブックオフでなんと3回も蜂に襲われたことがあるんです。しかも3回とも違う店なんですよ。具体的に言うと荻窪福生と河辺です。しかも全部入り口から離れた奥の方で立ち読みをしている時です。奥の方には漫画や人気の本ではなくてマニアックな活字の本が置いてあるので人が少ないんです。そこで突然襲われるんですよ。ぼくは『日本人と武士道』とか『最強の投手・江夏』とか書かれた本を片手に変な動きで逃げ惑います。止まっていても動き回っても刺されそうですからね。そうすると当然のことながら防犯カメラや鏡を見た店員がダスキンの手で持つモップを片手にいぶかしげにやってくるわけです。でも店員が現れたころには蜂はもうどっかに飛んで行ってしまっています。そしてカメラや鏡では蜂は小さすぎて確認できません。つまり店員から見れば、ぼくは店の奥の方で江夏の本を持って突然不気味な踊りを始めた客、なんです。
どうしたことでしょうか?誰かが蜂を放っているとしか考えられませんよ。それとも、もしかしたらぼくの首すじかどこかから女王蜂が分泌するフェロモンと同質のものが放たれているのでしょうか?そういや昔、三重県近鉄の青山町という駅でも突然蜂に襲われたことがあるんですよ。青山町はものすごい山の中の駅で、ホームにはぼくしかいなかったんです。それでベンチで少年ジャンプを読んでいたら突然ジャンプに蜂がたかったんです。それもミツバチなら痛いだけだからまだしも超でかいスズメバチなんですよ。あんなだだっ広い山の中でぼくのジャンプにたかるなんてまさにピンポイント攻撃ですよ。おれは軍事施設じゃねえよ。忘れもしない、『アイズ』という漫画で主人公が初めてヒロインとふたりきりで旅行に行くとだまされた回のジャンプです。ぼくはスズメバチのたかったジャンプをゆっくり『アイズ』のページを開いたままベンチにそっと置きました。ところがジャンプは安い再生紙でできているので置いた瞬間にばたっと閉じるんです。スズメバチはそれをするっとすり抜けぼくに向かって飛んできました。ぼくは思いました。ああ、おれは死ぬんだなと。この三重県の山の中の利用客の少ない駅で蜂に刺されて死ぬのか。三重新聞の片隅くらいには載りそうだな。特別何もなかったけどまあまあの人生だったんじゃないかなと。ところがスズメバチはぼくの周りを数回旋回するとどこか遠くへ飛んで行きました。立ち尽くすぼくの横で、ベンチの上のジャンプの表紙の『こち亀』の両津が無表情で笑っていました。こんなまったく音のない山の中だとどんなに絵の中で大笑いしていてもぼくには無表情にしか見えませんでした。
「ねえ、両さん。ぼくわかったよ。相手が本当に降参している時はとどめを刺す必要はないんだ。それが、本当の強さなんだね…」
という素晴らしい物語が繰り広げられるよりもぼくとしては蜂に襲われたくなかったです。