俳人魂

俳句というとなんとなくジジイくさい、わびさびの世界のような感じがしますが、まあだいたいそういう世界なんですが、実はちょっと違う側面も持っています。江戸時代に俳句の世界を完成させ、いまだに俳句の世界ではいちばん有名な松尾芭蕉という人がいます。この人の俳句は、もちろんわびさびの極致なのですが、反面、文学の世界では、初期の村上龍のような異常な「熱さ」を持っていると思います。
奥の細道』という芭蕉の本の中に「荒海や佐渡に横たふ天の川」という俳句があります。この俳句は、佐渡島と波の荒い日本海を対比した、景色としての描写は当然素晴らしいのですが、それ以上の意味を持っていると思います。江戸時代には刑罰として「島流し」というものがありました。刑務所がきちんと整備されていなかったため、懲役の代わりに、抜け出すことのできない孤島に犯罪者を送ってしまうという刑です。佐渡島はその島流しやその他、様々な理由で本土にいられない人々が集まっている島でした。そして、佐渡島には金の鉱脈があって、そういった理由ありの人たちが暗い洞穴の中で金を掘らされていました。芭蕉は「佐渡」という犯罪者が金を掘らされている島と「天の川」という銀河系宇宙を対比しているのです。しかし、それはただ、人間は虚しいものだということを詠んでいるだけではありません。この句が詠まれたのはちょうど7月7日、七夕の夜です。空では織姫と牽牛が年に1度の逢瀬をむかえているのに、佐渡の人々は今日も家族と会えずに洞穴を掘り続けているという悲しさに、哀れみを向けていると思います。
その他にも芭蕉は「蛸壺やはかなき夢を夏の月」という俳句も詠んでいます。これは、蛸壺漁で有名な明石で詠んだ句で、心地よく夢を見ながら蛸壺で寝ている蛸があっという間に獲られてしまい、その様子を月が黙って見ているという句です。もう、虚無感の極致です。しかし、芭蕉は「古池や蛙飛び込む水の音」という句も詠んでいます。つまり、池という蛙に対して絶対的に大きい静かな水面に、飛び込んで少しでも波紋を起こしてやるという考え方です。どんなに波紋を起こしたって、その後また静かな水面が待っているのはわかっています。それでも波紋を起こしてやろうという熱さが松尾芭蕉の特徴だと思います。
ちなみに、明石にはソースではなくてダシ汁をつけて食べるたこ焼きがあって、これは卵の分量が多いので地元の人は「玉子焼き」と呼んでいます。異常に美味いです。